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【アラベスク】  第3章 盲目Knight



第3節 Crazy or Crazy [7]




「アイツ、やたらと気にするのよねぇ。気にするなって言ってるのに」
 それは、美鶴に言っているようでもあり、ただ独り言として呟いているようにも聞こえる。
「アイツの耳に入ると厄介だから、言わないでくれると助かるんだけど」
 ピピピピッ
 会話を遮るように鳴り出す携帯。しつこく鳴り続けるところを見ると、電話のようだ。
 軽く視線を上にあげ、うんざりしたように携帯を取り出す。量の少ないサラリとしたショートカットをクシャリと掻きあげ、応対する。
「あっ シロちゃん?」
 伸ばしたら、眩いほどの艶を振り撒くはずだろう。それほどに黒々とした、芯のしっかりしていそうな髪の毛。耳元を風が撫で、携帯のストラップと一緒に微かに揺れる。

 ……………

 いや、違う。そうではない。

「なに?」
 携帯を切った涼木は、目を丸くする。
 半ば呆然と自分の手元に釘付けられた、美鶴の視線。
 二・三度(しばた)き、自身の手元に視線を落した。
「この携帯? なに?」
 だが美鶴の視線は、じっと涼木を見つめたまま。そうだ。美鶴が見つめているのは、携帯などではないのだから。
「その、髪留め………」
 展望台の、マスコット。
 黄色いペンギンにも、寸胴なキリンにも見える得たいの知れない存在が、チラチラと耳の上で光を反射している。
 ……………
 展望台は、特に人気のデートスポットでもないらしいが、かと言って誰も寄り付かないほど寂れた場所でもない。入場料数百円と聞くから、高校生が立ち寄るには適当な場所とも言える。
 気位の高い唐渓の生徒が好んで寄り付く場所ではないだろうが、全く誰も近寄らないというワケでもないだろう。
「なに?」
「その、髪留め……… さぁ」
「あぁ これ?」
 軽く指で触れて笑う。
「展望台のヤツ。あんまり可愛くないけどね」

 【唐草ハウス】の家の前。初めて涼木と出会った時に覚えた違和感。

「康煕。蔦康煕」

 聡をしつこくバスケ部に誘っていた生徒。
 男が髪留めなどは使わない。使うヤツもいるだろうが、蔦康煕には必要ない。
 だから、何かが心にひっかかるとは思いながらも、何に違和感を感じているのか、わからなかった。だが――――

「顔見なかった?」
「………いや」

 美鶴と視線を合わさぬよう、さりげなく頭を掻く聡。その姿が脳裏に浮かぶ。

 二人で帰った時、何者かに襲われた現場に落ちていた………
 それは唐渓の校章を(あしら)ったタイピン。そこに結ばれていた根付。展望台のマスコット――――

 駅舎で、女子生徒を宥めるべく外に出ようとした瑠駆真の胸元。タイピンの輝きに目を奪われたのは、単に衣替えで目立つようになったからというワケではない。
 あの時の記憶が、脳裏を掠めたからなのだ。

 スルリと聡のポケットに仕舞い込まれたタイピンの存在に、実は美鶴も気付いていた。

 だが、問い詰めようとはしなかった。


「逃げたりしたら、明日学校でキスしてやるからな」


 どうだ? それでも逃げるのか?

 そんな含みを持たせた言葉が、気に入らなかった。反感をおぼえた。
 些細な行動を問い詰めることで、逆に聡を喜ばせてしまうような、そんな気がして、癪にも感じた。
 だから、敢えて気づかないフリをした。

 気づかないフリをしたが、実は気づいていた。

 以前、帰り道で襲われ、聡と瑠駆真に助けてもらったことがある。自宅が全焼し、放火かもしれないと言われたことも………
 そして再び帰り道で襲われ、普通だったら尋常でいられるはずがない。だが美鶴は、不思議と恐怖を感じなかった。それは―――
 それは心のどこかで、聡がなんとかしてくれるのではないかと、思っていたから……







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