「アイツ、やたらと気にするのよねぇ。気にするなって言ってるのに」
それは、美鶴に言っているようでもあり、ただ独り言として呟いているようにも聞こえる。
「アイツの耳に入ると厄介だから、言わないでくれると助かるんだけど」
ピピピピッ
会話を遮るように鳴り出す携帯。しつこく鳴り続けるところを見ると、電話のようだ。
軽く視線を上にあげ、うんざりしたように携帯を取り出す。量の少ないサラリとしたショートカットをクシャリと掻きあげ、応対する。
「あっ シロちゃん?」
伸ばしたら、眩いほどの艶を振り撒くはずだろう。それほどに黒々とした、芯のしっかりしていそうな髪の毛。耳元を風が撫で、携帯のストラップと一緒に微かに揺れる。
……………
いや、違う。そうではない。
「なに?」
携帯を切った涼木は、目を丸くする。
半ば呆然と自分の手元に釘付けられた、美鶴の視線。
二・三度瞬き、自身の手元に視線を落した。
「この携帯? なに?」
だが美鶴の視線は、じっと涼木を見つめたまま。そうだ。美鶴が見つめているのは、携帯などではないのだから。
「その、髪留め………」
展望台の、マスコット。
黄色いペンギンにも、寸胴なキリンにも見える得たいの知れない存在が、チラチラと耳の上で光を反射している。
……………
展望台は、特に人気のデートスポットでもないらしいが、かと言って誰も寄り付かないほど寂れた場所でもない。入場料数百円と聞くから、高校生が立ち寄るには適当な場所とも言える。
気位の高い唐渓の生徒が好んで寄り付く場所ではないだろうが、全く誰も近寄らないというワケでもないだろう。
「なに?」
「その、髪留め……… さぁ」
「あぁ これ?」
軽く指で触れて笑う。
「展望台のヤツ。あんまり可愛くないけどね」
【唐草ハウス】の家の前。初めて涼木と出会った時に覚えた違和感。
「康煕。蔦康煕」
聡をしつこくバスケ部に誘っていた生徒。
男が髪留めなどは使わない。使うヤツもいるだろうが、蔦康煕には必要ない。
だから、何かが心にひっかかるとは思いながらも、何に違和感を感じているのか、わからなかった。だが――――
「顔見なかった?」
「………いや」
美鶴と視線を合わさぬよう、さりげなく頭を掻く聡。その姿が脳裏に浮かぶ。
二人で帰った時、何者かに襲われた現場に落ちていた………
それは唐渓の校章を配ったタイピン。そこに結ばれていた根付。展望台のマスコット――――
駅舎で、女子生徒を宥めるべく外に出ようとした瑠駆真の胸元。タイピンの輝きに目を奪われたのは、単に衣替えで目立つようになったからというワケではない。
あの時の記憶が、脳裏を掠めたからなのだ。
スルリと聡のポケットに仕舞い込まれたタイピンの存在に、実は美鶴も気付いていた。
だが、問い詰めようとはしなかった。
「逃げたりしたら、明日学校でキスしてやるからな」
どうだ? それでも逃げるのか?
そんな含みを持たせた言葉が、気に入らなかった。反感をおぼえた。
些細な行動を問い詰めることで、逆に聡を喜ばせてしまうような、そんな気がして、癪にも感じた。
だから、敢えて気づかないフリをした。
気づかないフリをしたが、実は気づいていた。
以前、帰り道で襲われ、聡と瑠駆真に助けてもらったことがある。自宅が全焼し、放火かもしれないと言われたことも………
そして再び帰り道で襲われ、普通だったら尋常でいられるはずがない。だが美鶴は、不思議と恐怖を感じなかった。それは―――
それは心のどこかで、聡がなんとかしてくれるのではないかと、思っていたから……
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